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↑家のベランダから夜11時頃(日本時間夜10時頃)撮影。いつもなら真っ暗なのに明け方みたいに明るかった。

 

 

今日は18年に1度の月と地球が最も近づく日で、月がいつもより14%大きく見え、30%明るく輝いている日らしい。

本当は20日の午前1時~4時(おそらく日本時間で)までが最も大きく見える時間帯だったらしいのだが、このことを知ったのが20日の夜10時くくらいでした。

 

 

もうすでに遅いかもと思いながらもカメラ片手にベランダへ。

すると、夜明け前みたいな明るさ。

月もいつもより大きく、輝いているようだった。

肉眼で月の模様がはっきりわかるくらい。

 

こんなにまじまじと月を観察したことがなかったので、もしかしたら普段と変わらない月だったかもしてませんが、異様な月明で明け方のような明るさでした。

 

 

村に入ってる時にいつも思うのですが、月明りは思った以上に明るく電気のない生活ではすごくありがたいものに感じます。

 

現在暗闇に包まれている日本も明るいやさしい光に包まれるように祈ってます。

 

 

 

そういえば、以前、月と火星の土地を買ったのですがあれって本当に有効になる日がくるのだろうか…。



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ご存じのとおり3/11に震度7、マグニチュード9.0の地震が日本を襲いました。

 

我が家やにはテレビはなく、日本の災害の情報はインターネットでのテキストでの情報が主で、ネット環境の厳しいPNGでは写真や動画での情報はほんの少ししか確認できていません。それでも、尋常ではない被害があったことは十分に伝わりました。

 

 

1995年1月17日の阪神大震災の事を思い出しました。地震が午前5時46分頃に起きたことをよく覚えています。小さいころから朝が苦手な私には普段は絶対目が覚めない時間帯なのに、この日に限って地震が起こる3分前である午前5時43分頃にふと目が覚めて、こんな時間に自分が目が覚めたことにびっくりして、動いている時計をじっと眺めているときにその阪神大震災が起こったからだ。

 

なんだか不思議な体験であった。

 

当時14歳だった自分は大阪の北摂地域の街に住んでおり、震源地から離れているとはいえ、震度5の地震があり、非常に揺れたことも昨日のように覚えています。そして、テレビで見る神戸の街並みがとんでもないことになっており、学校には被災地からの転校生がたくさん来たこともよく覚えています。

 

今回の災害は阪神大震災を上回る災害だということでただただ驚くばかりです。

 

 

 

ここWewakでも3/12 AM2:00頃に津波が来た。

Wewakの隊員は全員高台にある我が家に避難しに来ていました。

海岸沿いに住む現地の人たちもみんな同様に高台にある知り合いの家に避難していました。

 

職場に行くまでの通勤道路は海岸沿い。

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海岸沿いに住む人のボートが↑こんな感じに道路を挟んだ向こう側に流されていた。

 

海岸沿いの家は、波で家ごと持ち上げられて、数メートル丸ごと移動していた。

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↑このように家の土台になってるブロックからきれいにずれ落ちている。

 

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私のオフィスも海岸に近いため、海側の壁が少し破壊されて、オフィスの中に水が浸水していました。どうやら膝上くらいまで水につかっていたみたいで、低いところにあった書類等はもうめちゃくちゃ。

みんなでお片付け。

 

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↑浸水してコンセントも爆発して壊れた模様。私のオフィスは全体的に電気系統が壊れた。しばらくオフィスで電気が使えないそうです。

 

こういう災害があれば便乗して盗みに入るやつはやはりいます。

特に悪名高いここPNGで盗みが起きないわけがありません。

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↑案の定オフィスのエアコン、冷蔵庫など電化製品系はしっかり盗まれました。あと、筆記用具等も盗まれました。僕の引き出しもあさられた様で、メモ帳、筆記用具、なぜか和英辞書が盗まれました。

こいつは日本語を勉強するつもりなのか…?

使えないくせにとりあえずで盗まれるのが一番腹が立つ!!

まぁ、重要なものは何も置いていなかったのでいいですが。

 

 

私の職場の隣にある州病院も被害があった。

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病院敷地内のメイン道路の東側は↑こんな感じのいつものきれいな南国らしい風景であった。でも、西側(波が来た方向)はあらゆる建物が損傷してました。

 

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↑海岸すぐ近くにある病院のカーペンターさんのいてるオフィス。もうボコボコに壊れていた。

 

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↑カーペンターさんのオフィスの裏側(海側)。壁が完全に津波で壊されています。

 

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↑近くにBarrack(兵舎)があるので、軍の人も協力してめちゃくちゃになった薬品の回収や別倉庫への運搬をしていた。

 

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↑ボイラー室も海側から波が入り、反対側の壁まで壊れていた。

 

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↑コレラ病棟。こちらも海側の壁が完全に壊されている。

 

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↑壁が波の勢いでぶち抜かれている。病院でも備蓄倉庫の食料品など盗難が多数あったそうです。

 

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↑病室は海岸から少し距離があり、1mチョイくらい高床になっているので、大丈夫な様子。患者さんは日本での地震(津波警報?)が確認された時点でみんな避難指示が出ました。

 

 

 

日本の災害はPNGでも大きな話題です。

人に会うたびに『おまえの故郷は大丈夫か??』『家族や友達は大丈夫か??』などと心配され、尋ねられます。

 

そして、各地のPNGの人々も日本のために義援金を集めてくれているようです。

マイケル・ソマレPNG首相も1000万キナ(約3億5000万円)の義援金を日本に送るそうです。

我々JICA PNGでも隊員や職員で寄付を募って募金します。

 

 

 

日本で大変なことが起こっている中、自分は海外にて何もできない状況です。

だからと言って、今ここで帰国するのは違うと思う。

 

今ここで自分のできる、自分がするべき仕事を全うしようと思います。

 

 

どうか、一人でも多くの命が助かること、この先被害が大きくならないことを祈っています。



すっかりブログを書く&UPするのが億劫になってきちゃいました…。

自分の記録にもなるので、帰国するまでは何とか続けていきたいと思います。

 

12月にHousehold SurveyをしたDagua地区の村に今度はマラリアの調査(検査)に行きました。IMGP7176

 

 

初日は今回訪れる村のMarasin Meri達に集まってもらってお願いしていた村の名簿、5歳未満の子供のリストと、その母親のリストを提出してもらいました。

と、同時に各村のみんなに協力してもらって、地図を作成してもらいました。

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←地図はこんな感じ。

PNGの人はとても絵が上手なだけあって、きれいな地図ができててびっくり!!

 

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採血開始の前日にミーティングでしっかりと検査や人の流れについて打ち合わせ。

初日はどーなるか予想がつかない(この国は予想がつかないことが非常によくおこる)ので、要は臨機応変にということで。そうでもしないとおそらく対応できないので。

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まずは、5歳未満の子供とそのお母さん(その子供を面倒みている人)に来てもらい、過去2週間に発熱があったか、その後どこでどんな治療を受けたか、蚊帳を使用しているか、どんな家に住んでいるかなどをインタビュー。

やはり、ここのブースが一番時間がかかった。

 

次に身長、体重、体温を測定。

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体温計は額に赤外線を当てて測定する最新機種。

みんな体温測定されながら不思議そうに体温計を見るので↑↑こんな感じでより目になってかわいかった(笑)。

 

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これらが終わって、最後に採血。

今回はスライドガラスにとって標本を作製し、後に顕鏡。明らかな発熱症状がある人にのみ迅速検査キットを用いました。

 

ちなみに今回私は、この採血ブース担当。

まかせっきりにすると被験者No.と標本No.やアンケートNo.などがめちゃくちゃになって患者間違いが必ず起こることが予想されたので、採血ブースのコントロール役。

と同時に、アンケートの記入漏れなどを確認し、採血されている子供を抱えているお母さんに再度質問したり、迅速検査キットの判定したり。IMGP7345

これがかなり忙しかった!!

 

 

今回は子供が対象に調査を行ったので、採血ブースが鳴き声の渦に…。

その鳴き声が連鎖して、身長や体重、体温を測るところですでに泣き出す子も。

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そして、採血してるところをすごく不安そうに見に来る子供までいました。

でも、泣いている子も飴ちゃんあげるとピタッと泣き止んだり。

やっぱり子供はかわいい☆

 

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最後に、採取した検体をMalaria Microscopist(顕微鏡下でマラリアの有無の確認をするテクニシャン)が染色、顕鏡して検査終了。

やはり、自分の専門なだけあって、さすがのパプア人でも検査中は真剣。

 

私も顕鏡の診断のやり方を少し教えてもらいましたが、やはりこれはなかなか難しい!!

言われたらマラリア原虫がいるのはわかりますが、これを自分で原虫かどうか、どのタイプのマラリアかを判断するのはやはりかなりの経験とトレーニングが必要ですね。

せっかくなので、日本に帰るまでには習得して帰りたいと思います。

 

後日、結果と必要分の薬剤を村へわたして、陽性者には薬剤を服用開始してもらいました。

 

 

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そして、今回の調査中に車のタイヤがパンクすること5回(もっとあったかも)。

なんかしょっちゅうタイヤ交換してたような感じ。

 

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←電気がない中、携帯を分解して乾電池つなげてこんな感じで充電するという荒業を成し遂げるメンバーもいたり。

でもこれがしっかりフル充電されてました。

PNG人の生き残るためのアイデアは恐るべしです。

 

こんな調子で、今回は1日1村ずつ、主に海岸沿いの合計13の村で調査・治療を行いました。

ちゃんとした集計はまだ終わっていませんが、多いところでは被験者の半分ぐらいが陽性と判断されたところもありました。

 

 

ある村では、まさに発熱中、しかも40℃近くの発熱の子供もいて、検査の判定待ちに意識が飛んで危うい一面もあったり。

結果はやはり熱帯熱と三日熱の混合感染でのマラリア陽性判定。

 

すぐに抗マラリア薬の注射を打って無事に解熱へと向うということもありました。

 

 

 

今回の調査でも予想以上にマラリア陽性者が多い印象を受けました。

そして、ちょうどすごい発熱してて、これで治療が遅れてたら危ないような子も思ったよりいてて、そういう人をその場で治療の方向に持って行けただけでも今回調査した買いがあったような気がします。

 

 

このインフラ整備が整っていなく、病院へのアクセスが悪い国において、マラリアのような急性期疾患の対策は本当に重要であることを改めて確認した調査となりました。

 

1人でも多くの命が助かるような感染症対策をしていきたいです。

 

 

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↑今回調査をおこなったチームメンバーと滞在中お世話になった人たち。色んな人のサポートがあったからこそ仕事ができました。ほんとうにみなさんありがとう&お疲れ様でした★



mah-kun

Author:mah-kun
2010年1月12日~JOCVで感染症対策隊員としてPapua New Guniea (PNG)で活動します★

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